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主祭神

大山津見神


御利益

金運招福・病気平癒・安産・長寿・良縁
商売繁盛・家内安全・水源水利

由縁

天空の社・車山神社の詳細な起源は、あまりにも古く、今に明らかではありません。
しかし、この霧ヶ峰一帯では、縄文時代の祭祀に用いられたと考えられる宝具・呪具・土器などが出土しており、太古の昔より、人々が自然の中に神聖なる力を感じ、祈りを捧げてきた土地であったことがうかがえます。
標高1,925メートル、日本百名山・霧ヶ峰の山頂に鎮座するこの地は、古来、遠く日本中の山々を遥かに拝む「遥拝の場」であり、天と地、人と自然を結ぶ祭祀の場、聖地として大切にされてきました。
縄文の人々は、山より湧く水、森の恵み、吹き渡る風、めぐる季節の中に、目には見えない大いなる働きを感じていました。
そして、その自然の恵みに対する畏敬と感謝の心に導かれるように、この天空の地に祈りを捧げたと伝えられております。
車山神社は、特定の一山のみならず、霧ヶ峰の天空より、富士山、北アルプス、中央アルプス、南アルプス、八ヶ岳をはじめとする日本中の山々を遥拝し、山々がもたらす水、風、森、実りの恵みに感謝を捧げ、その安寧と、人々の暮らしの幸せを祈る社です。

龍神伝説 

この地には古くより、龍神にまつわる伝説が伝えられております。
霧ヶ峰の山頂に強き風が吹くとき、それはただの風ではなく、天空を駆ける龍神の御息吹であるとされてきました。
龍神は、雲を呼び、雨を運び、水をめぐらせ、山や森、草木、そして人々の心身を清める神聖なる働きを司る存在です。
近代になり、地理の学びが進む中で、この霧ヶ峰の尾根は、太平洋へ注ぐ水と、日本海へ注ぐ水とを分ける「分水嶺」の地であることが知られるようになりました。
天より降る雨は、この山の稜線を境に、あるものは太平洋へ、あるものは日本海へと流れゆき、やがて大いなる海へと還っていきます。
日本列島を大きな龍の姿として見立てるならば、山々はその背骨であり、分水嶺は龍の身を貫く生命の筋道ともいえるでしょう。
その中で霧ヶ峰は、富士山、北アルプス、中央アルプス、南アルプス、八ヶ岳を望み、日本中の山々へ祈りを届ける、龍の要のような場所です。
いわば、龍のおへそのように、天と地、水と風、山々の恵みが交わる中心。
遥か昔、この山に祈りを捧げた人々は、地理の理を言葉として知らずとも、雲海の上をうねる雲の姿、山頂を渡る烈しい風、天より降る雨の恵みの中に、天地をめぐる水の神秘を感じ、龍神の姿を見たのかもしれません。
風は穢れを祓い、雨は命を潤し、水は山を越えて海へとめぐる。
その大いなる自然の働きに感謝を捧げることこそが、天空の社における祈りの原点でもあります。
今も車山神社に参拝すると、山頂を吹き抜ける風に身を清められ、空と山々に抱かれるような感覚を覚える方が多くおられます。
それは、太古よりこの地に宿る龍神の御神気にふれ、心が本来の静けさを取り戻すひとときなのかもしれません。
縄文より続く祈りの記憶と、龍神の風、そして日本列島の水を分かつ分水嶺の神秘が息づくこの聖地にて、どうぞ自然への感謝と、日々の安寧をお祈りください。

天空の御柱祭

七年に一度、諏訪大社の御柱祭と同じ年、八月下旬から十月にかけて、諏訪地方の各地域では、それぞれの神社に御柱を建てる「小宮祭」が斎行されます。
多くの御柱祭・小宮祭では、奥山より伐り出された大木を、山から里へと曳き降ろします。
しかし、ここ天空の社・車山神社の小宮祭では、奥山より伐り出された大木を、さらに標高1925メートルの山頂を目指し、急斜面や岩場を越えて曳き上げます。
これは、数ある小宮祭の中でも大変珍しい、天空へ向かう御柱の神事です。
霧ヶ峰の尾根は、太平洋へ注ぐ水と、日本海へ注ぐ水とを分ける分水嶺の地でもあります。

日本列島を大きな龍の姿として見立てるならば、山々はその背骨であり、分水嶺は龍の身を貫く生命の筋道ともいえるでしょう。
その霧ヶ峰の山頂へ、人々が心をひとつにして大木を曳き上げることは、まさに龍の背を昇り、天へ祈りを届ける神事でもあります。
縄文の昔より、人々は山を仰ぎ、空に祈り、自然の恵みに感謝を捧げてきました。
その祈りの記憶を今に受け継ぎ、御柱は風に祓われ、雲海を望み、山々の恵みに感謝しながら、天空へと曳き上げられます。
そして、山頂に建てられた大木は、ただの木ではなくなります。
人々の願いと祈りを宿し、山頂に登り、神となる。
これこそが、天空の社・車山神社に伝わる「天空の御柱」といわれる所以です。